先月、京都で開催されていたコスチュームジュエリー展に行ってきました。
コスチュームジュエリー研究家でコレクターでもある小瀧千佐子氏のコレクションより、選りすぐられた約450点もの作品が展示される貴重な機会。
コスチュームジュエリーに焦点を当てた展覧会は、世界的にも稀だそうです。
展示を見て学んだことや、コスチュームジュエリーについて改めて思うことなどを、ここに記しておこうと思います。
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▼目次
・コスチュームジュエリーの変遷
・コスチュームジュエリーの価値
・驚きの素材
・装飾品の域を超えて
・コスチュームジュエリーが引き出す個性
ヴィンテージコスチュームジュエリーのセレクトショップとして思うこと
そもそも「コスチュームジュエリー」とは何か?
コスチュームジュエリーはフランス語の「ビジューファンテジー」に由来し、「ファンタジーなジュエリー」を意味します。
それはつまり、金、プラチナなどの貴金属や高価な宝石を使わずに作られた、イミテーションジュエリーのこと。
金や天然石のように自然界にあるもので制作する必要がない分、プラスチックなどの人工物で思い描くままに色や形を表現することができるので、究極に自由なジュエリーともいえるかもしれません。
■コスチュームジュエリーの変遷
コスチュームジュエリーは、1910年代にフランスでオートクチュール用のジュエリーとして誕生し、ヨーロッパからアメリカに伝わって華麗に開花しました。
ヨーロッパでは「コスチュームジュエリーは本物の代替品」という扱いがあったのに対し、そもそも王侯貴族による宝飾文化がないアメリカでは、コスチュームジュエリーはスムーズに受け入れられたのです。
ヨーロッパの熟練の職人たちがアメリカに移住して制作に協力したことも、アメリカでのコスチュームジュエリーの発展を助けました。
20世紀初頭、コスチュームジュエリーは人々を貴金属偏重の価値観から解放し、女性の社会進出と深く関わり、多種多様な素材やデザインによって個性を表現するためのアイテムとなりました。
「富を誇示するもの」というこれまでのジュエリーの概念を覆した、シャネルのコスチュームジュエリーの存在は有名ですね。
■コスチュームジュエリーの価値
コスチュームジュエリーは、金やダイヤモンドのように素材そのものに資産価値があるものではないため、流行の終焉と共に消え去っていってしまうのが常。
それでも時代の波に流されず、現代まで大切に残され受け継がれているコスチュームジュエリーが存在します。
それらの価値は素材にではなく、アーティストたちの独創性が詰まった、先進的でユニークなデザイン性にこそあるのです。
展覧会レポート
ここからは、展覧会のレポートを記していきます。
(会場内のほぼ全てのエリアが撮影不可だったため、文章でのレポートとなります。)
会場には、約450点ものコスチュームジュエリーが美しく展示されており、その一つ一つを様々な角度からじっくりと鑑賞することができました。
衝撃的なまでにユニークなデザインや色使い、信じられないほど緻密なビーズワークやストーンセッティング、金属細工・・
アーティストの類稀なる美的感覚と、その脳内にあるデザインを実現する職人の卓越した技術があったからこそ目の前に存在するジュエリーたちに、鳥肌が立ちっぱなしでした。
Elysa Jewelryで扱っているコスチュームジュエリーブランドの作品も多くあり、嬉しかったです。(Eisenberg, Coro, Kenneth Jay Lane, Kramer, Trifariなど)
■驚きの素材
コスチュームジュエリーの素材といえば、ガラス、ラインストーン、プラスチック、ビーズやエナメルなどがメジャーなところですが、展覧会では意表を突く素材のコスチュームジュエリーも多く展示されていました。
フェルト、新聞紙、コルク、ジェット(樹木の化石)、黒檀、コットンの紐、木の実のみならずどんぐりの笠まで・・!
チープな素材と上質な素材が巧みに組み合わせられた作品たちを眺めていると、つい凝り固まりがちな思考や固定概念を解き放たれるような思いがしました。
■装飾品の域を超えて
ヴィンテージコスチュームジュエリーショップを営んでいて私自身が常々感じてきたのは、「コスチュームジュエリーは身に纏えるアート」であるということ。
今回の展示で素晴らしい作品の数々を目にして改めて、ーコスチュームジュエリーはただの装飾品の域を超えているーと感じました。
作品たちから受け取ったのは、「想像できるものは全て形にしてしまおう」という強いパワー。
人の心の中にある夢や信念、人が「自分を表現するものはこれだ」と思うものや、強く訴えたい何か・・
コスチュームジュエリーは、そういったものを自由に表すための一つの形なのでしょう。
反戦の思いが込められたメッセージ性の強い作品や、解釈を見る人に委ねる作品も多くあり、気付けばアートを観るときのような感覚でコスチュームジュエリーを鑑賞していました。
■コスチュームジュエリーが引き出す個性
今回の展覧会で改めて確信したのは、コスチュームジュエリーは人の個性を引き出す大切なアイテムであるということ。
人の数だけ個性があり、人にはそれぞれ固有の魅力や在りたい姿があります。
クリエイティブで型破りな人
控えめな中に強い芯を秘めた人
優雅でフェミニンな人
爽やかで自然と溶け合うような人
何も恐れないという態度を示したい人
心地良い繭に包まれ静かに生きたい人
鮮やかなエネルギーに溢れた人
たおやかで妖艶な人
大胆な色遊びを愛する人
唯一無二の美しさを表現したい人・・・
コスチュームジュエリーは、どんな人のどんなスタイルをも抱く大きな器があるように思うのです。
そして、衣服より面積は小さくとも、時に衣服よりも雄弁にその人の個性を物語るアイテムだとも思います。
心に刺さったデザイナーたち
ここで、今回の展覧会において個人的に凄く好みで、心に刺さったデザイナーたちをご紹介します。
写真がありませんので、もしご興味があればネットで検索して作品を眺めてみてください。
【Line Vautrin (リーン・ヴォートラン)】
今回の展示で知った、フランスのジュエリーアーティスト。
眼前にリーン・ヴォートランの作品が現れた瞬間、一目惚れしてしまいました。
古代のムードを感じさせる、まるで出土品のような重厚で趣のあるゴールドのジュエリーたち。
彼女の作品の最大の特徴は、物語性があることです。
神話や聖書モチーフ、独自の謎解きが仕掛けられたジュエリーなど、見たことのないような作品たちに魅せられました。
私のお気に入りの作品たちは「脊椎動物」「ドラゴン」のネックレス、「無限大」「日食」「栄光のアザラシ」「月の戦車」のブローチ。
上記の作品名から、少しでもリーン・ヴォートランの詩的な雰囲気を感じていただければ幸いです。
特に、「脊椎動物」のネックレスが好きでたまりませんでした!
【Lyda Coppla (リダ・コッポラ)】
今回の展示で知った、イタリア人アーティスト。
ガラスビーズをたっぷりと贅沢に使ったコスチュームジュエリーが特徴です。
彼女の美的感覚はとにかく素晴らしく、その美しいビーズ使いやカラーコンビネーションは会場でも大きな存在感を放っていました。
会場を訪れていた子どもたちも、彼女の作品の周りに集まって見惚れていました。
私自身、こんなに素晴らしいビーズジュエリーを見たのは初めてで、心の中に鮮やかに夢が広がっていくような感覚を覚えました。
リダ・コッポラの作品は基本的に非常に大ぶりですが、重量感があるにもかかわらず、しなやかで着ける人に寄り添ってくれるそうです。
【Ciccy Zoltowska (シシィ・ゾルトフスカ)】
今回の展示で知った、ウィーン生まれのアーティスト。
秀逸な色彩感覚をもってクリスタルガラスを組み合わせた作品たちは、いつまでも眺めていたくなるような魔力がありました。
展覧会で彼女の作品を紹介する説明文に「人々を熱狂させた」という言葉があったのですが、「熱狂」という単語が使われていることに納得。
アイスクラックガラス(小さなヒビが入った模様)を多用して、他にはない独特の雰囲気を醸し出しているところも好きでした。
【HAR (ハー)】
以前から気になっていて、今回の展示で初めて実物を見ることができたNYのブランド。
ドラゴン、コブラ、ブッダ、オリエンタルな人物など、他のコスチュームジュエリーとは異質なモチーフとファンタジックな色彩がとても素敵でした。
Elysa Jewelryでお取り扱いしているSELRO(セルロ)と、少し似たムードを感じます。
HARはSELROと同様、制作期間が1950〜1960年代と非常に短く、情報も少ない謎に包まれたブランドです。
HARのコスチュームジュエリーは是非いつか当店でもご紹介したいので、アンテナを張っておこうと思います。
(HARのジュエリーは撮影OKだったことを、今更思い出しました。鑑賞に夢中で、写真を撮らなかったことが悔やまれます・・)
上記のデザイナーの他にも、とても印象的で一目で心惹かれたブローチが、かの有名なSalvador Dali(サルバドール・ダリ)の作品だった、ということもありました。
ここまでデザイナーやアーティストの作品をピックアップしてきましたが、素敵だなと思って作者を確認すると「作者不詳」と記されている作品も多くあり、その度に何だかときめいていました。
稀有な才能は、もちろん発掘されて世に出るものが全てではなく、人々に知られることのなかったジュエリー作家たちが数え切れないほど存在したはず。
もしも「作者不詳」ジュエリーの作者が、自分の作品が後世まで残されたうえ、いま日本の展覧会で多くの人に見つめられていることを知ったら、きっと驚くことでしょう。
私がコスチュームジュエリーを愛する理由
展覧会での作品鑑賞を経て改めて明確になった、私がコスチュームジュエリーを愛する理由。
それは、コスチュームジュエリーのデザインから感じ取れるポリシー、パワーや態度にあります。
ユニークで、他人に迎合しようとは微塵も考えていないコスチュームジュエリーたちの姿を見ていると、ジュエリーたちがこう言っているような気がするのです。
「大きすぎる?奇抜すぎる?目立ちすぎる?いつ着けるのか?そんなことは関係ない。」
「何のモチーフか分からない?あなたが好きに解釈すればいい。」
「何色でもいいし、組み合わせも自由。前例が無くても、従来の形と違ってもいい。」
「自分が美しいと思うままに、好きにやろう!」と。
私自身、コスチュームジュエリーに自分の在り方を肯定されているように感じたことが幾度となくありますし、きっとこれからもそうなのだろうと思います。
ヴィンテージコスチュームジュエリーのセレクトショップとして思うこと
激しく移り変わるいくつもの流行を超え、現在まで残された美しいヴィンテージコスチュームジュエリーを、後の世界に少しでも残していきたい。
ただ、ヴィンテージコスチュームジュエリーのセレクトショップを営むにあたっての問題や課題は、常にあります。
安価に大量生産されるアクセサリーの波、ヴィンテージコスチュームジュエリーの価格高騰、さらにはアメリカやヨーロッパから買い付けや仕入れをする際に打撃となる円安・・
特に最近頭を悩ませているのが、円安とヴィンテージ品自体の価格の高騰。
ヴィンテージ業界の方から「ヴィンテージは出会ったときが一番安い」という言葉を聞くことがありますが、本当にそうかもしれない、と思っています。
Elysa Jewelryをオープンした2019年末に比べ、ヴィンテージコスチュームジュエリーの価格が上がっているのを肌で感じますし、円安も進むばかり。
正直なところ、価格を維持する難しさを日々感じています。
コスチュームジュエリーの価値を守ることに重きを置き、価格設定を高くすることも、大切な作品たちを次世代に受け継いでゆく方法として一つの正解だと思います。
ただElysa Jewelryでは、まずコスチュームジュエリーの美しさやパワーを、実際に身に着けて感じていただくことに重きを置きたいと考えています。
簡単には手の届かない存在ではなく、お客様が心に刺さったときに手に入れることができ、コレクションを楽しむことができる身近な存在であってほしい。
将来的に、現在の価格帯を維持することがどうしても難しくなる日が来るかもしれませんが、引き続き最大限の努力を続けようと考えています。
最後に、突然大局的な話になってしまうのですが・・
私の仕事観の根底には、人間の営みの中でも善いと思えるものに携わっていたい、という思いがあります。
古代より在り続ける「美しいもので身を飾りたい」という人間の欲求と、そこから生まれる心の込もった制作活動は、人間の無数の営みの中でも愛すべきものの一つだと感じていて。
美しいもので身だけではなく心をも飾る喜びを、微力ながらお客様に届けることのできるこの仕事を、ずっと続けていきたいと改めて思うのでした。
長くなりましたが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。